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東京地方裁判所 平成元年(ワ)15333号 判決

原告 株式会社リーダーズ・トウェンティワン

右代表者代表取締役 山田精一

右訴訟代理人弁護士 宮下明弘

同 宮下啓子

被告 株式会社久峰

右代表者代表取締役 大久保久肥

右訴訟代理人弁護士 田原勉

同 和田正隆

被告 株式会社 岡一商事

右代表者代表取締役 中島一成

右訴訟代理人弁護士 小寺貴夫

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金一五三五万四〇八四円及びこれに対する被告株式会社久峰については平成元年一一月三〇日から、同株式会社岡一商事については同月二九日から、支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、被告らの仲介により土地を買い受けた原告が、被告らに宅建業者としての調査説明義務違反があり、そのため原告は売買契約を結んで売主へ手付金を支払い、右手付金相当額の損害を受けたとして、被告らに対し、その内金の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告及び被告らは、いずれも不動産の売買、仲介等を目的とする会社であり、宅地建物取引業法(宅建業法)にいう宅地建物取引業者(宅建業者)である。

2  原告は、被告らの仲介により、昭和六一年一二月一九日、株式会社ヴィクトリア(ヴィクトリア)との間で、その所有の別紙物件目録記載の土地(本件土地)を原告が代金二億一五〇〇万円で買い受ける旨の売買契約(本件売買契約)を結び、同日ヴィクトリアに対し、手付金二一五〇万円を支払った。

3  本件売買契約に際し、原告は、ヴィクトリア及び被告らに対し、本件土地上に鉄骨造三階建共同住宅を建築予定である旨告げた。

4  原告は、ヴィクトリアの売主としての説明義務違反を理由に、昭和六二年一月二〇日、ヴィクトリアに対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした(本件解除)。

二  主な争点

1  被告らには、仲介をした宅建業者としての調査説明義務違反があるか。

2  原告の損害の発生及び因果関係の有無

3  過失相殺

第三争点に対する判断

一  本件売買契約の経緯等

1  被告岡一商事の取引主任者中村健一は、昭和六一年一二月三、四日ころ、不動産売買仲介等を業とする「和光」の井上和也から、本件土地が売りにでている旨の情報を得て、その物件概要書を作成し、同月五日、これを、井上から入手した実測図とともに、かねてからアパート・マンション用地を探している旨の情報のあった原告にファックスで送付した。

2  原告の取引主任者山田精一は、これを受けて、翌日六日現地を見分した。また、同人は、中村に対し、より鮮明な実測図を求めるとともに、同図面の白子川寄りに本件土地に接して存在する二箇所の三角状の土地についてその性格を尋ねた。

これに対し中村は、右土地は恐らく国有地で建設省の所有かと思う、同河川には遊歩道を作る計画でもあるのかもしれない旨答えた。

そのため山田は、右二箇所の三角状の土地の頂点を結ぶような形状であるいは国有の遊歩道なりができ、その結果本件土地は白子川沿いに若干減歩されるかもしれないと考え、中村に対し、これに伴う建築制限の有無等につき関係官庁で確認するよう求めた。

3  中村は、同月八日ころ、山田に対し、鮮明な実測図を交付し、関係官庁には調査済みであって、拡幅の件は建築には全く支障がない旨答えた。

4  そこで原告は、同月九日、本件土地購入の可否を決する資料とするため、有限会社二天門建築設計事務所(二天門建築設計)に、右土地上にはどの程度の建物の建築が可能かの建築プラン(ラフプラン)を設計するよう依頼した。

5  その後被告岡一商事の中村は、本件土地に河川拡幅計画があるらしいとの情報を同業者から得て、和光の井上にその調査を依頼した(中村が直接矢後英樹に依頼したとの証人中村の証言は信用できない。)。

6  被告久峰の担当者矢後は、同月九日から一二日ころの間に、東京都建設局で白子川拡幅計画につき調査し、同局から本件土地を含む一帯について拡幅予定線が記載された一〇〇〇分の一の図面の交付を受けた。また、同人にヴィクトリアからの本件土地売買の仲介の話を持ち込んだ村田某は、そのころ、浦和土木事務所で右拡幅計画につき調査し、同所で拡大図を入手してこれを矢後に交付した。右拡大図は右一〇〇〇分の一の図面を拡大したもので、これらによれば、本件土地の内白子川側の約三分の一の部分が拡幅対象土地に入ることが判明したが、関係官庁によるも、当時、本件土地上で拡幅される幅員が正確にはどれだけになるか不明であった。

矢後は、そのころ練馬区建築課に、拡幅部分の線引きがなされた後そこに建物を建築することの可否につき尋ねたところ、拡幅部分上には建築しないよう行政指導がある旨の回答を得た。

7  他方、同月一二日、二天門建築設計はラフプランを完成し、原告へ送付した。右ラフプランによれば、建物は三階建でほとんどの部屋に白子川と反対の東南側にベランダがあるいわゆるワンルームタイプのマンションが合計二七戸できるものとなっていた。

原告は、これによれば本件土地を購入するについての採算性は十分あるものと考え、これを購入する方向で話を進めることを決定し、その旨和光の井上に伝えた。

8  被告久峰の取引主任者川嶋康蔵は、原告が本件土地を購入する意向であることを聞き、そのころ矢後とともに、重要事項説明書(甲三)を作成した。

しかし、白子川の拡幅については、その幅員が正確にはわからなかったことからその範囲を明示することはせず、右説明書上は、「(1)都市計画法・建築基準法に基づく制限」欄の「その他の制限内容」の項に、「補足資料参照の事」と、「(2) (1)以外の法令に基づく制限」欄の「制限の概要」の項に、「一級河川改修計画有り(拡幅)」と各記載したのみで、前記の一〇〇〇分の一の図面及び拡大図を補足資料として添付することとし、右拡幅の範囲が本件土地の約三分の一に達することやその部分に前記行政指導が存することは全く記載しなかった。

9  矢後は、そのころ、右重要事項説明書と一〇〇〇分の一図面及び拡大図を、和光、被告岡一商事を通じて原告に渡すべく、これらを和光の井上に交付した。

10  被告岡一商事は、井上から右重要事項説明書を受領したが、そこには一〇〇〇分の一の図面や拡大図が添付されてはいなかった。

11  被告岡一商事の中村は、被告久峰の矢後に、右拡幅の時期や建築制限の有無につき尋ねたが、矢後は、まだ事業決定もされておらず拡幅の時期は未定であり、建築しないことについては強制ではないから練馬区役所と相談してやるよう答えた。

12  原告は、同月一七日、被告岡一商事から右重要事項説明書をファックスで受信したが、これには何の資料も添付されてはいなかった。

そのため原告の山田は、右重要事項説明書に記載のある「補足資料」とは、被告岡一商事から先に受領した物件概要と実測図のことを指しており、そこに記載された「拡幅」というのも先に話のあった遊歩道程度のことであろうと考えた。

13  本件売買契約が締結された同月一九日には、売主からヴィクトリアの代表者らが、買主からは原告の山田が、また、矢後他一名が売主の仲介業者である被告久峰の担当者として、中村が買主の仲介業者である被告岡一商事の取引主任者として、それぞれ出席し、席上、被告久峰が作成した前記重要事項説明書中の、右内容の説明を受けたとする欄に原告代表者の記名ゴム印と代表者印の押捺がなされたが、その場には、右説明をするはずの被告久峰の取引主任者川嶋の出席はなく、右重要事項説明書に記載された補足資料は何で、拡幅の範囲や建築に対する影響は何かについての説明や質問は全くなされなかった。

なお、本件土地の代金は、通常の価格相場よりは低めに定めてあった。

14  しかし、本件土地は、白子川側の約三分の一の部分が、昭和五八年五月二〇日付建設大臣認可にかかる「一級河川白子川改良工事全体計画」の拡幅計画対象地に含まれ、本件売買契約当時、同土地は、河川法五六条一項に基づく河川予定地の指定こそ受けてはいなかったものの、同土地から数百メートル北の地点までは既に昭和六〇年五月三一日の時点で同条の河川予定地の指定を受けており、本件土地上における建築確認事務を所管する東京都練馬区建築主事は、本件土地中の拡幅計画対象地についてもその範囲内には建物を建築させない行政指導をなす方針であって(これらの点は原告と被告久峰との間では争いがない。)、これを無視した建築確認申請について確認を受けることは事実上困難な状況にあった(本件建築規制)。

15  ところで、売主のヴィクトリアは、矢後から前記拡大図を渡される等して、本件土地の約三分の一の部分に本件建築規制があることを知っていたが、矢後から、図面等は全部買主側に渡っている旨を聞かされたことから、原告は本件建築規制の規模、内容等を知っており、これを除いた部分に原告の予定する三階建共同住宅が建築可能であることを調査済みで本件売買契約を結ぶものと考えていた。

16  また、被告久峰としては、重要事項説明書とともに前記図面等を井上に託し、右重要事項説明書が原告に届いたことから、その他の図面も全部原告に届いており、原告は本件建築規制を知っているものと考えていた。

17  被告岡一商事は、右重要事項説明書を見たものの、補足資料の添付はなく、矢後からは拡幅の時期は未定であり、拡幅地内に建築をしないことについては強制ではない旨を聞いたことから、建物建築にはさして支障はないものと考えていた。

18  原告は、右重要事項説明書を見たものの、補足資料の添付はなく、矢後からは建築にはさして支障はない旨を聞いたことや、現地を見分した際本件土地の隣地に白子川に接して新築に近い建物が存在していたことから、建築には特に問題はないものと考えていた。

19  しかし、原告は、翌昭和六二年の一月一三日ころ初めて、二天門建築設計をして、杭打ちの相談のため練馬区役所に問い合わせをさせたところ、同区役所から、本件土地の内約三分の一の部分が本件建築規制の対象となっており、その部分に掛かる建物については建築確認を出さない方針であることを知らされた。

また、翌日、原告は、エフ設計株式会社の社員に同区役所建築指導課へ確認させたところ、右同様の回答を得た他、拡幅計画の対象土地部分については敷地面積の計算上も除外して欲しい旨の要請を受けた。

20  これを知った原告は、早速被告ら関係者を集め、本件土地上には三階建共同住宅の建築は不可能であるとして釈明を求めたが、ヴィクトリアや被告らは、敷地面積の計算上は拡幅対象土地を加えることができ、そうすれば本件土地上に三階建共同住宅を建てることは可能である等と主張した。

21  そこで原告は、前記ラフプランによれば建物が拡幅対象土地に掛かってしまうことから、再度二天門建築設計に対し、建ぺい率、容積率の計算上は敷地面積に拡幅対象土地部分を含め、実際の建物は右拡幅対象土地に掛からないようにして三階建共同住宅を建てる場合のプランを作成するよう依頼し、各種の案が練られたが、その結果、ベランダを西北にとる案では分譲としては売りにくく採算が採れず、ベランダを東南側に維持する案では戸数が従前のプランより六戸少ない合計二一戸となってしまいやはり採算上問題があることが判明した。

22  そこで原告は、再度被告ら関係者を集め、手付金だけでも返還するよう求めたが、物別れに終わった。

23  原告は、昭和六二年一月二〇日の残金決済日を前に、同月一九日、ヴィクトリア及び被告らに対し、本件売買契約の解除と前記手付金の返還を求める通知を出した。

24  ヴィクトリアは、昭和六二年三月六日、松仲産業株式会社に対し、本件土地を、代金二億二三五〇万円で売り渡した。

25  松仲産業株式会社は、昭和六二年一一月七日、練馬区建築主事から、本件土地上に鉄筋コンクリート造り三階建共同住宅を建築するについての建築確認を受け、これを建築した。右建物はベランダが西北にあったり間取りの点等で二天門建築設計が作成した初めのラフプランとは異なっていたが、マンションの戸数、建築面積、延床面積、建ぺい率、容積率等はこれと似通ったものであった。

二  被告らの説明義務違反について

本件建築規制は、本件土地の内約三分の一の範囲にまで及んでいたのであるから、原告の本件土地の買受目的からすれば、その存在は、売買契約を締結するについて重大な関わりを有する事柄であったというべきである。

他方、右買受目的を承知していた被告久峰は、本件建築規制の存在と内容を具体的に知り、関係図面も入手していたのであるから、売買契約の締結までに仲介の相手方である原告に対し右情報を提供することは極めて容易であったと認められる。しかるに、同被告は、原告へ関係図面が全て渡っていて原告は本件建築規制を承知しているものと軽信し、少なくとも売買契約締結のため一同が参集した際、取引主任者をして原告に対し、これを説明することを怠った。

また、原告の買受目的を承知していた被告岡一商事は、本件土地に河川拡幅計画が存在することを知っていたのであるから、その内容及び建築に与える影響を自らあるいは業者を通じる等して調査することはさほど困難ではなかったと認められる。しかるに、同被告は、これらは建物建築にさしたる支障のないものと軽信し、その内容等を正確に調査することを怠り、その結果、取引主任者をして原告に対し、本件建築規制を説明することを怠った。

被告らの右各懈怠の結果、原告へ実際に伝えられた情報は、重要事項説明書の「補足資料参照の事」「一級河川改修計画有り(拡幅)」との記載のみであって、原告の買受目的からすれば、契約締結の際の重要な事項に関する情報の提供としては極めて不十分なものとなった。

もっとも、本件では、買主である原告も宅建業者であるが、このことから直ちに、仲介業者のなすべき情報提供の程度が右の程度で足りるとか、それ以上を要求することが取引上無理であるとは認めることはできない。

してみると、被告久峰は宅建業者として仲介の相手方に対し信義則上要求される説明義務に違反し、被告岡一商事は宅建業者が仲介の依頼者に対して仲介契約上要求される調査説明義務に違反したというべきである。

なお、本件建築規制は法令上のものではなく行政指導による事実上のものではあったが、被告らは原告の本件土地取得の目的が三階建共同住宅の建築にあることを知っていたのであるから、これが行政指導による事実上のものであるというだけで右各義務を免れるものではないというべきである。

また、本件建築規制によっても本件土地上にラフプランと同程度の規模の建物を建築すること自体は可能ではあったが、右建築規制はそれがない場合と比較し建物の建築位置、形状、間取り等に制約を加えるものであり、原告はこれが判明していれば本件売買契約を結ばなかったと認められるから、同程度の規模の建物の建築が可能であるというだけで被告らが右各義務を免れるものではないというべきである。

従って、被告らは右各義務違反により原告が受けた損害を賠償すべきである。

三  損害の発生及び因果関係

原告は、本件売買契約を締結して手付金を支払ったが、売主ヴィクトリアの説明義務違反を理由に右契約の解除を主張して残代金を支払わなかったところ、ヴィクトリアは本件土地を第三者に売り渡し、原告がその所有権を取得することはなかったから、原告は右手付金相当額の損害を受けたと認められる。

また、被告らが前記各義務を尽くしていれば、原告は拡幅計画の規模や本件建築規制の存在をあらかじめ知ることができ、そうすれば本件売買契約を結ぶことはせず、手付金を支払うこともなかったから、被告らの右義務違反と原告が右手付金相当額の損害を受けたこととは相当因果関係があると認められる。

被告らは、原告がヴィクトリアに対してなした本件解除が無効である旨主張するが、右によれば、本件解除がヴィクトリアとの間で有効か否かに関わり無く、被告らの右義務違反と原告の右損害との間には相当因果関係が存在するというべきであって(このことは、原告が本件建築規制を知らなかったことを理由に本件売買契約を合意解除したりいわゆる手付け流しをした場合であっても被告らが右損害を負担すべきであることと対比しても明らかである。)、この点の被告らの主張は主張自体失当である。

四  過失相殺

原告は、自らも宅建業者であり、本件売買契約は高額な取引であった上本件土地に河川拡幅計画が存在すること自体は知っていたのであるから、自ら関係官庁を調査するとか、少なくとも関係者が一同に会して本件売買契約を締結する際、拡幅計画の範囲、建物建築に与える影響等を被告らに尋ねることは容易いことであり、期待できるものであった。しかるに、原告は、右拡幅計画は建物建築にさしたる支障のないものと軽信し、これらを怠った。本件売買契約は、被告らの前記義務違反と原告の右過失とが重なってなされたと認められる。

双方の過失を対比すると、被告らのそれぞれにつき、原告の損害額から二割を減額するのが相当である。

従って、被告らが原告に対し賠償すべき損害額は、手付金額相当の二一五〇万円の八割である一七二〇万円となる。なお、被告らの右債務は不真正連帯債務となる。

五  損害の填補の有無

原告は、ヴィクトリアに対して手付金二一五〇万円の返還を求めてなした訴訟(当庁昭和六二年(ワ)第四〇四五号手付金返還請求事件)の仮執行宣言付判決に基づく債権執行手続により、平成元年四月二四日右手付金元本として六一四万五九一六円の配当金の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

しかし、右判決が確定した旨の主張立証はないので、現段階ではこれを損害の填補として考慮することはしない。

六  結論

以上によれば、被告らが原告に対し賠償すべき損害額一七二〇万円の内一五三五万四〇八四円とこれに対する訴状送達の日の翌日(被告久峰は平成元年一一月三〇日、同岡一商事は同月二九日)から支払済みまで年五分の割合の遅延損害金の支払を求める原告の請求はすべて理由がある。

(裁判官 畑中芳子)

〈以下省略〉

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